2012-04-29

贅沢

4月27日。新宿でDJなので昼には準備をして出発。
 天気がいいのでバイクで行った。気持ちいい天気だなあと思いながら走ってたら道を間違えた。
 沼津のあたりで246号に乗らなければいけないのに、青看板に全然気がつかなかった。
おかげでそのまま一号線で箱根の温泉街を通った。景色が良くて最高だった。芦ノ湖も通った。 これは箱根旅行を計画する必要がある。なんてことを考えながらちょくちょくバイクを止めて景色を堪能していたら時間がずいぶん経った。微妙にDJに間に合わない気がしてきた。到着時間が心配になってきたこのタイミングで箱根を過ぎると雨も降ってきた。心が折れた。

もう小田原にバイクを停めて電車で行くしかない。いや、それしかない事は無いのだけどもう頭の中が「そろそろバイク飽きた。疲れた。もうイヤだ」でいっぱいになっていた。

 という事で小田原駅へ。駅周辺で小田原城の看板を見つけて「おお、小田原城行ったことねえ!駅の近くっぽいじゃないか」とテンションがあがったが、本格的に時間もやばくなってきたので大人しく駐輪場を探し回って、250CCのバイク停めるとこが全く無くて、諦めて、結局バイクで新宿に向かう事にして、ほぼ遅刻が決定した。もう心が折れているというのにまたバイク。雨も強くなってきた。ヤケクソで飛ばしたら夜9時に下北に着いた。なんとギリギリで間に合った。

夜10時。パーティー開始。
 最初にウイスキーを頼んだら、かなり量が多めだった。「この量をみるとオオハタさんを思い出すなあ。オオハタさんはいつも多く入れてくれてた」と何気なく言ったら、なんと、ヨシ君がジャズ&ジャイヴに初めて入ったときに、オオハタさんから最初に教えてもらった事が「神谷君のウイスキーは多めに入れてあげてね」だったらしい。なんかじーんときた。涙出そうになった。東京に引っ越したらまずオオハタさんのパーティーに遊びに行こうと思った。

久々にウエンツが来てくれた。ウエンツは僕に「はやく東京来い」と何度も言ってくるので「別に東京に興味は無い」と言い返していたものの、内心は「東京に引っ越したらまずウエンツを呼んで鍋でもしよう」と思った。

 ウエンツが「神谷は、いつか誰も相手してくれなくなったらホームレスになるのかな」と言った時にマミちゃんが「神谷さんをホームレスになんか、私やダイジュンがさせません」と横から入ってきたので、僕は「ホームレスになるわけねえじゃん」と突っぱねてみたものの、内心は「東京に引っ越したらまずマミちゃんに引越しソバを持って行こう」と思った。

 今回は雨が降ってたのでお客さんの入りが悪いかもなあと思ったら本当に悪かった。 朝方になるともうフロアには3~4人しか残ってなかった。

 でも今回はここからが楽しかった。 僕とクボタさんで一曲交代でDJすることになった。まず、クボタさんから「お客さんはもうこんなだから、そこは気にしないで、俺とお前、ふたりが納得できるようなDJをしよう」と言われた。こういう楽しみ方もあるんだなあ。正直この時のクボタさんがすごくカッコよかったので、今度僕も後輩に言ってみようと思う。

 で、一曲交代開始。クボタさんは僕の選曲や繋ぎをチェックして「これは俺が思う事だから気にしなくてもいいんだけどさ」と付け加えながら「早く繋げばいいってもんじゃない」とか「え~この曲のあとに、それ流すの~?」とかダメ出ししてくれた。実際、僕も「あ、これ違ったかな」と自覚したところをバシバシ突かれたので、理不尽な感じが全くしなかった。勉強になったし、面白かった。もちろんガシっとハマった時には「いまのいいね~」と褒めてくれた。

 しばらく二人でDJしていると、小西さんがブースに来て褒めてくれた。ここから小西さん平林さんも加わって4人で一曲交代。最近の小西さんはN&Gで一曲交代に慣れている事もあって繋ぎがもうキレッキレだった。平林さんは空気を読みつつもバンバン流れを変えてた。クボタさんも僕に指導しながらという事もあっていつもよりさらに丁寧にやってた。みんなすごくて、いままでのジャズ&ジャイヴで一番よかった気がした。

 僕はブースから離れて、落合さんと「このクオリティでこのお客の人数はすごい贅沢ですね~」と客観的に感動しながら話をした。DJの楽しさを再認識した。



最近、物はよく壊れるし、スロットはコテンパンだし、制作もあまり順調じゃないので「最近不幸だ。ストレスがすごい」と周囲に洩らしていたのですが、こうやって尊敬できる先輩達と一緒にDJできて、僕の事を気にかけてくれる友人や先輩後輩もいて、いまでも十分幸せだよなあと考えたら気持ちが少し晴れました。ありがたや。

2012-04-15

呑む、打つ

日曜日。パーティーの次の日。二日酔いで夜まで動けず。夜も動けず。でも上着をお店に忘れてきたので取りに行かねばならない。
「どうしようどうしよう」と言いながらトイレを行き来する僕をみて、おやじが「乗せてってやるから後ろで吐いてろ」と車で連れてってくれた。なんか懐かしい感じがした。僕は一生この人の子供なんだなあと思った。
私が親だったらこんな子供は絶対いやだが。


上着を取りに行った時に、二日酔いでフラフラしててアイホンを地面に落とした。最近は面倒になってカバーもしていなかったので、ガラス製のアイホンは一発で粉々になった。
早速、過去に粉々にしたことのある友達に「修理にいくらかかった?」と電話したら2万程度で新品に換えてもらったと言っていた。まあそれくらいで新品になるのなら、バッテリーの持ちも良くなる事だし、キレイになるしいいかな。と前向きに考える事にした。

最近、DJミキサー、PCモニターと連続で壊れたのでアイホンもとなるとちょっと痛いなあと思ったが、まあそれぞれ結構な年数頑張ってくれたので仕方ない。時期が重なっただけだ。
すぐに家でアイホン修理の為にデータのバックアップをした。いままでの14インチのモニターではなく、新しくなった22インチのワイドモニターはとても大きくて気分が良い。作業もはかどる。


データのバックアップ最中にふと「・・・無理。前向きとか無理。出費多すぎ!めちゃくちゃ悲しい!」と、感情が一気にあふれ出た。
ベッドの枕元にPCが配置してあるいわゆる「廃人使用」の私にとって、22インチワイドモニターは無用の長物であり、こんな至近距離だとめちゃくちゃ目が疲れるので、無意識のうちに徐々にモニタから遠ざかっていた自分に気がついてしまったことで、いままでの緊張の糸みたいなものがぷちんと切れてしまって、酒も飲んでいないというのに涙がこぼれそうになった。



月曜日。アイホンの修理に行く前にスロット。出来ることならここで2万勝ちして「出費ゼロでアイホンが新品になった。うわあい」とかツイッターで報告したいものだ。

が、現実はそう甘いものではなくて3万~4万負けた。財布にいくら入ってたか分からないので、いくら負けたのか正確にはわからないけど全部持っていかれた。ATMでお金を下ろしてアップルストアへ行った。アイホンの修理はなんと1万4千円だった。予定してたより6千も安い!と喜べるような精神状態ではなく「あっそ」くらいにしか思えなかった。
そして私はまたパチンコ屋へ寄って帰った。ここでさらに負けの上乗せをしてしまって、今日一日で約8万使った。

という事で、この日私がつぶやいたのは

「いまの僕なら死兆星を見つけてしまいそうなので、夜空を見上げるのが怖い」

だった。もちろん運任せで適当に打ってるわけではなく、中間設定以上狙い&500以上ハマっている台しか打ってない。


火曜日。完全に開き直った。もともと僕の人生はスロットに救われてきたので、スロットで失っても文句は言えない。運が悪けりゃ死ぬだけさ。死ぬだけさ。ふ~。

ということで今日もスロット。3000円勝った。嬉しくも悲しくも無い。

「アイホンの修理にいくらかかった?」と連絡した友達から「結局修理にいくらかかった?」と連絡がきた。心配してくれたのかと思ったら、また自分が粉々にしたらしい。あいつアホだ。


水曜日。今月負けた額のほとんどを一発で取り戻した。
帰宅後、お小遣いになりそうな制作の話もきた。

まだ死ななくていいみたいだ。

2012-04-09

S&B

土曜日。一晩中B2Bでアナログオンリーのパーティー「PLAY&ON」。
http://playon2011.blogspot.jp/2012/03/47sat-play-noel-release-party.html
シークレットゲストとして、僕と川西君で「S&B」というユニット名を付けて参加させてもらいました。

夜8時。東急ホテルのロビーに集合して、みんなで居酒屋に移動。
川西君に「どんな選曲で行くのよ?」と何度聴いても一度も一曲も教えてくれなかったので、川西君に酒を飲ませて私に有利な状況を作る事に徹した。

夜10時。会場に移動。サウンドチェックどころかミキサーの使い方もチェックしない私。執拗にスクラッチして何かをチェックする川西君。レコード70枚くらいしか持ってこなかった私。300枚用意してレコバック3つの川西君。

夜11時。パーティー開始。一組目はテリー&ドリーさん。「一曲目はやっぱりそれかw」と思いながら店を出てコメダ珈琲へ。ギャラガーさん、ノエルさん、僕、ムラナオ、川西君の5人。
コメダにいるときに「やっぱりあのレコード量じゃ不安だな」と思ったので、ナベに電話して僕の家からレコードを持ってきてもらう事にした。これで一安心。

夜12時くらいにまた会場に戻る。酒&泪&男&女さんの出番だった。少ししてマーティー&マクフライさんが始まった。バックトゥーザフューチャーを選ぶこの感性がたまらなく好き。一曲目はやっぱりあれだった。
その後は、つのだ&ひろさん。ひとりが「おっぱいが」という歌詞、もうひとりが「好き」という歌詞の曲を使ってジャグリングしてた。みんなすごいなあ。
そしてノエル&ギャラガーさんの出番。とにかく最高。ドミューンで観た時よりもさらに巧くなってた。カットインきれっきれ。すごすぎて引いた。自分の出番が怖くなって、落ち着かなくなってウロウロしてた。

そして僕らの出番。開始からしばらくはモータウンビートが連続した。こりゃ楽だと思ってたら「そろそろこの感じやめましょうよ」と川西君に言われたので方向を変えた。この後からはジャンルもコロコロ変えたのでめちゃくちゃ疲れた。川西君つなぐの巧いし早過ぎ。ついていくのが精一杯。川西君を選んでよかった。何曲使ったか分からないくらいで、すごく疲れたし、すごく緊張したし、すごく刺激的だった。

ツイッターで「ノエル&ギャラガーはすばらしかった!の一言で、S&Bは殴り合いみたいなB2Bだった」とか「カミヤくんの公開罰ゲームに見えた」とか書かれていたので、私の苦戦ぶりは大体しっかり伝わっていたようで安心しました。
ああいう感じで本格的にB2Bやるのが初めてだったので、次があるのであれば今回よりもいろいろと対応できるようになるとは思いますが、別にこういうオファーはこれっきりでいいんじゃないかとも思ってます。やるならまた川西君を指名しますがとにかく疲れました。

僕らの後はライオネル&リッチーさん。ここから私は坪内さんの期待に応えねばと思ってめちゃくちゃ飲みました。
パーティー終了予定が6時だったので残り2時間。DJ前まではほとんどシラフだったにも関わらず僕はきっちりと潰れた。たぶん2時間もかからずに30分くらいでさっと意識が飛んだ。川西君も道連れにして。

この時、緊張がほぐれた変なテンションと、めちゃくちゃな飲み方のせいでいろんな人に片っ端から絡んでしまったみたいでごめんなさい。本当にごめんなさい。



その後、私は鶴舞公園付近を歩いている最中に意識が戻りました。なんでこんなところを歩いているのか。なんでこんな寒いのに上着を着ていないのか。なんでもう朝になってるのか。いろいろ分からなくて混乱しました。

朝10時くらいにやっと帰宅。


つづく

2012-04-08

いろいろあった

木曜日。スロットで大負けして「もう俺の人生は終わった」と心から思った。
夜はヘッドホンで爆音にして河島英五を連続リピートしながら酒を飲んだ。自ら追い討ちをかけるようなこの行為が私を奈落の底へと突き落とした。とんでもない悲しさだった。


金曜日。起きると目がパンパンに腫れていた。奈落の底から何人かにメールもしていたようだ。もちろん相当な泣き言を。そしてウォッカの空瓶が転がっていた。寝起きからこれだけの物を見てしまうと「起きなきゃ良かった」とさえ思えてくる。

とりあえず昨日の大負けのせいで財布の中が空っぽだし、バイクのガソリンも空っぽだったのでコンビニATM行って、ガソリンスタンド行って、スロットに行って、勝って、銀行に行ってさっきおろした金をまた貯金して帰ってきた。

夜は友達が泊まりに来た。せっかくなので近所の共通の友達も数人呼んで酒を飲んだ。昨日とは真逆のとても楽しい酒だった。そして私はいつの間にか寝ていた。


土曜日。朝8時起床。泊まる予定だった友達は布団ひいて寝ていて、他の友達は帰っていた。寝ている友達を昼まで放置して、その間に部屋の掃除をした。掃除の最中にPCモニターを壊してしまったので、昼に友達が起きて帰るときに、私も準備をして電気屋に出かけた。急な出費ではあったが14インチから22インチワイドに変わったので素直に嬉しい。

とはいえ、ベッドの枕元にパソコンが設置してある「廃人使用」の私にとって22インチワイドはとても目が疲れるので、それなりに距離を置いてパソコンを触るようになった。

夕方に少し仮眠をとってから名古屋へ移動。今日はDJやる日。

長くなりそうなので、ここで一旦区切ります。

つづく。

2012-04-01

わくわく

4月7日(土曜)は名古屋のParty'zという場所でDJします。
http://playon2011.blogspot.jp/2012/03/47sat-play-noel-release-party.html
ノエル&ギャラガーさんに合わせて、DJ全員が2~4人組のユニットを組んで、一晩中B2Bという面白い企画のパーティーです。
告知の最後に書かれているシークレットゲストとしてお誘いをいただきました。

最初、坪内さんから「誰と組みたい?ヨウか遊民にしてくれると助かるけど」というメールをいただいたのですが、ワガママを言って川西君を指名しました。ギャラガーさんを師事している私としては、ノエルさんを師事している川西君と組むのが「弟子同士」という感じで面白いかと思ったので。出来ることならユニット名もそのまま弟の「リアム&ギャラガー」でいこうかと思ったのですが、ギャラガーさんの部分がカブってしまうのでやめました。

ユニット名は他に浮かばないので「川西君決めてねえ」と連絡したら、しばらくして「カミヤとカワニシのKとSUGURUのSとNAOAKIのNにちなんで『K & K 磁石ズ』なんてどうでしょうか。」という返事がきた。僕とは発想の出所が根本的に違うようで、度肝を抜かれた。
他の方々のユニット名と見比べて仲間はずれ感がすごいし、キン肉マンにでも出てきそうなタッグ名がたまらんと思って「最高。これでいこう」と返信した。

早速、坪内さんに連絡したところ即答でNOをいただいた。まあちょっとそんな気はしていたのだが。さらにコレを川西君に伝えると、思った以上に磁石ズが良かったらしく「じゃあスライ&ザファミリーストーンとかでいいです」とぶーたれていた。とても可愛かったが、思った以上にぶーたれるので面倒になって「私に言わないで」とバッサリ切って名前を変更する事にした。

数時間だか数日だか後になって、カレー粉の”S&B”の缶を見て「あ、スグルとブートビートじゃん」と思って、川西君にこれを写メしたら「もうそれでいきましょう」という妥協した感じの返信がきた。磁石ズで押せなくてごめんよう。しかし、私もこれはアイデアのひとつとして送っただけで別に気に入ってない。
さらに、S&Bは坪内さん的にも微妙だろう。普通にアーティスト名から付けて欲しいはずだ。
思ったとおり、坪内さんからの返事は「もうそれでいいよ」という妥協した感じだった。

それなりに悩んだ挙句、誰ひとり満足しない形で収まってしまった。こんな収まり方もあるんだなあ。
ネーミングだけじゃなく、僕と川西君のコンビは何かとスムーズにいかない感じがしている。


7年前、小西康陽さんから「神谷くんと川西君が組んで曲を作ったら、試聴するまでもなくレディメイドからリリースするよ」と言われたことがあった。この瞬間すでに磁石ズは結成され、私は早速サンプリングネタを15パートくらい録音して川西くんの家に泊まりこみの制作合宿をしに行ったが、川西君はスクラッチばかりやってて作業が進まず、私はデジパフォが使えないのでマニュピレートすら出来ず、どちらも役に立たないまま何も形にならず一日で磁石ズは解散した。
お互いにピンで動いたらちゃんとレコード出せていたのに、組んだら何も出来なくなるというパターンもあるんだなあ。

あの日以来、二度と組むことはあるまいと思っていましたが、こんな形で再結成できてワクワクしています。

この前、新宿で会った時に「川西君、スクラッチばかりやって私の繋ぐ時間を削るのやめてな」と言ったら「神谷さんも変な曲かけないでくださいよ。ああいうのは大ネタ主体でガシガシやればいいですから」と返ってきて、相変わらず噛み合わない感じが漂ってきてますますワクワクしております。コンビの相手に藤本ヨウを選んでいたら大体全てが想像できてしまうのに対して川西君だと何も読めない。さらに、ノエル&ギャラガーさん達が「打ち合わせは一切しない」というのに合わせて私達も無し。


とはいえ「俺と川西君が組んで失敗するわけがねえ」なんて強気な心も持っていたりします。
出演者の量からして出番は長くないと思いますがかなり楽しみです。他のユニットのDJも楽しみです。こんな企画を実現してくれた坪内さんに感謝です。